日本語の美しさを、美しいまま伝えていくために。

昨日は稲毛S.C工房のイベントで、恒例のモノポリー大会がありました。

不動産取引やショバ代の増額要求、独占による利潤拡大や個人間取引による資産形成とだまし合いによる自己破産…などなど、ゲームを通して、色々と勉強になったようですね。

 

 

今のご時世、子どもたちの会話を聞いているとあまり綺麗でない言葉遣いをしている子が少なからずいるのですが、子どもに負けず劣らず親御さんでも日本語の使い方がなっていない方を街中でもチラホラ見受けます(ウチの塾にはほとんどいませんが)。

 

 

日本語というのは、今さら言うまでもなく、私たちの母国語です。

他国で使われることはなく、とても貴重な言語であり、日本の財産です。

 

 

しかし、日本語の大切さや綺麗な日本語を話す人は、着々と減っています(私含め?)。

TVで話すアナウンサーでさえ、あまり美しい日本語を話しているようには聞こえません。最近はおかしな日本語を使うタレントがもてはやされ、乱れを増長させている感もありますし。。。

 

 

言葉の乱れは「心の乱れ」であり、態度や行動も乱れていくものだと、私は思います。

 

 

私も「心」の書き換え作業をブラッシュアップさせるため、色々と勉強していますが、これまで見たこともないような新しいノウハウよりも、基礎的なことに「本質」を見ることがあります。

 

 

これも色々と学んだからこそ気づいたことで、最初から分かるわけではないんです。

試行錯誤を重ねていくうちに、ノウハウではなく「言葉」そのものを見直すことこそ、「心」の書き換え作業の効果を高めることに辿り着きました。 

 

 

それ以来、私は言葉をどのように使えばいいのか、ずっと考えています。

ただダラダラ長く言っても伝わらないことも、的確な言葉は、耳当たりが心地よく、頭ではなく「心」に響きます。

 

 

さらには、視覚的にも想像できるので、体全体に言葉を感じることができます。

優しさ、しなやかさ、たくましさなど、日本語はそういった「響く」素晴らしさがあるんです。

 

 

最近は、母国語の習得もままならない、子どもたちが英才教育で外国語を習います。

さらには、テレビやゲームから刺激的なスラングのような言葉を早く覚えます。

 

 

外国語よりも、流行の言葉よりもまず先に大切な母国語を教えることが先決であると私は考えているため、ウチの塾では小学校低学年からの英語のコースはつくっていないんです。これは、指導する方によって見解に温度差がありますので、ここでは言及しません。

 

 

最近のお母さんたちの井戸端会議を耳にすると、中には、あまり美しい会話とはいえないものがあります。

 

 

いい大人が、学生のように「マジで~」「ヤバいヤバい」「あ~ね」「〇〇じゃね?」と

会話している姿は、決して喜ばしいものと捉えることはできません。

 

 

言葉の乱れは心を乱し、行動を乱し、さらには体も乱していく。

すべてを乱していくことにつながってしまいます。

 

 

きれいな言葉は人を惹きつけます。

異文化交流や世代間交流だけではなく、言葉の通じない外国人にもその美しさが伝わるように思います。

 

 

私が思うに、それは言葉というツールによる信頼だと思います。

動物にも通じます、たぶん。植物にも?(笑)

 

 

美しい母国語である日本語を次の世代につないでいけるよう、私も言葉をもっと大事にしていかなきゃなと改めて感じた次第です。日々の己の言葉が乱れているか反省しなければ…(汗)。まだまだ学ぶことが多そうです。

 

 

そして、塾生たちにも、良い言葉のシャワーを浴びせていきたいなと思います。

 

 

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